「白秋」実りの時

ことば

まだまだ暑さの残る時期です。日中は真夏と変わらないような暑さの日もありますが、8月から9月へ、夏から秋へと少しずつ変わっていることを感じます。

夏には明るく活気に満ちたイメージがあります。それだけに、夏が終わって秋になると、どこか寂しさを感じる人もいるでしょう。しかし一方で、秋は「実りの秋」でもあります。春に芽を出し、夏の日差しを受けて育ったものが実を結ぶ。秋は、何かが衰えていくだけの季節ではなく、これまで育まれてきたものが実りとなって現れる季節でもあるのです。

古くから中国では、季節を色で表す考え方があり(陰陽五行説)、春は青で「青春」、夏は朱で「朱夏」、秋は白で「白秋(はくしゅう)」、冬は玄(黒)で「玄冬(げんとう)」と呼びます。「青春」は今でも若い時代を表す言葉として使われていますね。

これを人生に重ねてみると、50代の私自身も、ちょうど「白秋」の頃にいるということになります。

年を重ねてみると、若い頃には分からなかったことが、初めて分かることがあるように思います。出会いや別れ、うれしかったこと、思うようにならなかったこと。さまざまな経験の中でこの世界の複雑さを知らされ、人として育てられてきた。これを、人生の「実り」というのでしょう。

私は若い頃から、なぜか一年の中でこの秋という季節が一番好きでした。だから、今、一番良い時期を生きているのだと思っています。

そして、秋が過ぎれば「玄冬」です。人生になぞらえれば老年期を思い浮かべますが、冬は単なる「終わり」ではありません。草木が枯れ、何もなくなったように見えても、土があり、その中ではすでに次の春への準備が始まっています。面白いことに、陰陽五行では、「玄冬」は、命が生まれる前、まだ姿を現していない時を表すとも考えられています。終わりの先に、また新しい始まりがある。四季はそこで途切れるのではなく、春へと巡っていきます。

人生も同じなのかもしれません。春には春の、夏には夏の、秋には秋の、そして冬には冬の大切な時間があります。

これから迎える秋、自分がこれまでにいただいてきたもの、そして誰かに手渡していけるものに、少し思いを寄せてみたいと思います。