永遠なのか 本当か 時の流れは 続くのか
いつまで経っても 変わらない そんなもの あるだろうか
『情熱の薔薇』THE BLUE HEARTS

THE BLUE HEARTS の「情熱の薔薇」は、1990年に発表された曲です。私が高校生の頃、よく聴いていました。
中学校から高校へ進み、その先の大学を目指して、学校では毎日のようにいろいろなことを勉強していました。そんな時に耳にしたのがこの曲でした。
そのとき心に響いた歌詞は、「見てきたものや聞いたこと 今まで覚えた全部 デタラメだったら面白い そんな気持ち 分かるでしょ」という一節でした。
その時の私は、勉強して知識を身につければ、世の中のことが分かるのだと思っていました。ところがこの歌は、「本当にそうなのか」と、足元をひっくり返すような問いを投げかけてきたのです。
今まで正しいと思ってきたことが、実はそうではなかったらどうするのか。今、自分が勉強していることはいったい何なのか。
しかし同時に、「もし本当にそうだったら、確かに面白い。そんな気持ち、確かに分かる」と感じたことも覚えています。今思えば、世間の価値観から解放されるような気がしたのでしょう。
今回、掲示板には、曲の初めの
「永遠なのか 本当か 時の流れは続くのか いつまで経っても変わらない そんなものあるだろうか」という言葉を書きました。
高校生の頃は、この哲学的な言葉に惹かれつつも、それほど大きな問いとしては受けとっていませんでした。
あの頃は、自分も家族も友人も、今とそれほど変わらないまま、この先も続いていくような気がしていました。しかし実際には、身体も変わり、人との関係も変わり、仕事も暮らしも変わっていきます。大切な人との別れもあります。昨日まで当たり前だったことが、今日はもう当たり前ではないこともあります。
それでも私たちは、どこかで「これはずっと続いてほしい」「これは変わらないでほしい」と願っています。そして、その願いが崩れた時、それが苦しみになるのでしょう。
変わってほしくないという思いがあるからこそ、私たちは、変わっていくという事実をなかなか受け入れることができません。
「すべてのものは移り変わっていく」。仏教では、この真実を「無常」という言葉で教えています。
老いることも、病むことも、人と別れることも、そして自分自身さえ変わっていくことも含めて、「これが私の生きている世界なのだ」と知らされていくところから、私の新しい歩みは始まります。
「いつまで経っても変わらない そんなものあるだろうか」
しかし、あえていうなら、いつの時代、どこに生きる人にも、変わらずはたらき続ける「願い」というものがあるのではないか。
移り変わっていくこの世界の中で、そのただ中に生きる私に、時代を超えて届き続ける願いがある。
この歌の言葉を、50代になった今、あらためてそんなふうに受けとっています。