推し量るということ

日々のこと、あれやこれ

ある日、喫茶店で昼食をとっていました。店内には客は少なく、静かな時間が流れていました。

しばらくすると、若い男女のカップルが入ってきて、私の隣の席に座りました。他にお客さんがいなかったこともあり、二人の会話が自然と耳に入ってきます。

やがて女性が男性に尋ねました。

「ねえ、私たちの年代の女性の平均体重って何キロくらいだと思う?」

私は思わず耳を傾けました。

男性は少し考えた後、「うーん、そんなこと考えたことないな」と答えました。

女性は納得がいかない様子です。

「だいたいでいいから。」

「いや、本当に分からない。」

「何キロくらい?」

「考えたことないよ。」

女性は何とか数字を引き出そうとします。しかし男性は最後まで具体的な数字を口にしませんでした。

「そんなこと考えたことない。」

ただ、それだけでした。

そのやり取りを聞きながら、私は自分ならどう答えるだろうと考えていました。

おそらく私は、「これくらいではないだろうか」と、何らかの数字を答えたはずです。

ところが後になって、その年代の女性の平均体重を調べてみると、私が思い浮かべていた数字よりも少し重かったのです。

もしあの場で私が答えていたら、なかなか気まずいことになっていただろうと思いました。

しかし、本当に心に残ったのはそこではありませんでした。

私は普段、仏教の学びの中で、「比べることから苦しみが生まれる」と聞いています。人と比べ、自分と比べ、優劣をつけ、そこに悩みや迷いが生まれていく。

頭ではそう理解しているつもりでした。

けれども実際の私は、「平均はどれくらいか」「一般的にはどうなのか」という尺度を、当たり前のように持っていました。そして、その尺度によって人や物事を見ていたのです。

一方、あの男性は違いました。

彼は女性を平均と比べようとしませんでした。数字を示して評価しようともしませんでした。

ただ、「そんなこと考えたことない。」

と答え続けたのです。

もしかすると彼は、ただ体重に興味がなかっただけなのかもしれません。

けれど私には、その言葉がどこか新鮮に響きました。

人を自分のものさしで測らない。

一般論で決めつけない。

比べることを前提にしない。

人を推し量らない。

その姿勢を、私は一人の若者の何気ない言葉から教えられたような気がしたのです。

あの日の喫茶店で、私は平均体重についてではなく、「比べないということ」について考えさせられていました。数字では推し量れない大切なものに、ふと出会った午後でした。